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紅い薔薇は希望の徴(しるし)

我が家の庭の紅いミニ薔薇が咲いた。

薔薇の花に心惹かれるようになったのはいつからだろう。
まだ若かったころ、人生の扉の四方八方どこを叩いてもまったく開かない時代が続いた。

そんなとき書店に行ってポケット版の薔薇の写真集を買ってきて独りぼんやりと眺めていた。

とくに紅い薔薇は希望の徴(しるし)のように思えた。
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薔薇というと思い出す小話がある。

今は亡き女優・夏目雅子さんは伊集院静氏のどこに惚れたのか。
『薔薇』という漢字をスラスラ書けたのを見た瞬間だったという。
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by maco4459 | 2011-06-28 10:21 | 日々のこと

ツィオルコフスキーの宇宙船

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『黄色いシミと穴だらけのズボンをはいた私は、空気中の酸素のおかげでやっと歩くことができた。
それを見た町の悪童たちは口々に”ネズミの食い切れズボンが歩いているぞ”と言ってからかったが
私は幸福感に満ち溢れていた。なにしろ私の頭はアイデアでいっぱいだった。だから黒パンばかりの
生活でも苦にならなかったし、飢えや疲れのことで思い悩む暇などなかった』
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コンスタンチン・ツィオルコフスキーは1857年ロシアのモスクワ近郊のイジェーフスコイエ村で生まれた。

彼は9歳のとき、近くのビヤトカ川でスケート遊びをしたとき引いた風邪がもとで猩紅熱にかかり、
それが治った時には耳がほとんど聴こえなくなっていた。

"小鳥"というあだ名つくほど活発であった彼が、それ以来学校にも行かず家に閉じこもるようになった。
物思いに沈む日々を送っていた彼を激励し続けたのは優しい母であった。
彼女は『耳は聴こえなくても、本さえ読めば明るい未来が開けるようになる』と言い聞かせ、自ら読み書きを教えた。

その後、極めて貧しい陽のあたらない日々の中で独学で数学や物理学を修め、人類が初めて人工衛星を打ち上げる60年も前に宇宙船を推進するロケット理論や、地球の重力から脱出する方法を考案した。
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by maco4459 | 2011-06-11 09:19 | 科学

人生初 Gamba!

ずっと胸に温めていた夢が実現した。
Viola da Gamba(ヴィオラ・ダ・ガンバ)に出会えたのだ。
出会えただけでなく、なんと演奏することができた。

ガンバの存在を知ったのは丸山陶李さんのエッセイを読んだときだ。
かれこれ10年前にもさかのぼるだろうか。

ヨーロッパの古い弓奏楽器であるガンバは、通常6本の弦とフレットを持ち、完全4度をベースにした調弦である。
楽器の構成・構造上は弓で引くギターと言って差し支えないだろう。
ガンバが最も栄えたのはシェークスピアが活躍したエリザベス朝のイギリスであり、
また踊りの名手であった太陽王ルイ14世のブルボン朝のフランスであった。

秋田にガンビストがいることを偶然知ったのは去年のことだった。
秋田県立大学の御室哲志教授である。

創造楽習という学部生・大学院生向けの課外教室で『ヴィオラ・ダ・ガンバを弾いてみよう』という講義があることを知り、無理を承知で聴講をお願いしたところ、『大歓迎です』と言うご返事をいただいたのである。

『聴講』のつもりで大学に伺ったのだが、御室先生から『弾いてみませんか?』と声をかけられた。
一瞬『!』となったが、せっかくの機会なので大学院の学生さん3人と一緒に弾かせていただいた。

旅の恥はかき捨てという。
今は人生という旅の途中だと自分に言い聞かせる。
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大学生に戻ったような気分だった。
(いや、あの当時は何に対してもシラケていた不良学生だったナ)
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私の演奏は羊かカエルの鳴き声のようなレベルだったと思う。
が、アンサンブルで『An Italian ground』を弾いたとき一瞬ではあったが音がピタリと調和した。
このときは身体が震えるような快感だった。
『やっぱり音楽って素晴らしい!』060.gif
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今日だけワタシもガンビスト(^^)♪
御室先生、ありがとうございました。
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by maco4459 | 2011-06-07 23:31 | 日々のこと