カテゴリ:科学( 1 )

ツィオルコフスキーの宇宙船

e0161650_9191582.jpg
『黄色いシミと穴だらけのズボンをはいた私は、空気中の酸素のおかげでやっと歩くことができた。
それを見た町の悪童たちは口々に”ネズミの食い切れズボンが歩いているぞ”と言ってからかったが
私は幸福感に満ち溢れていた。なにしろ私の頭はアイデアでいっぱいだった。だから黒パンばかりの
生活でも苦にならなかったし、飢えや疲れのことで思い悩む暇などなかった』
e0161650_9193892.jpg

コンスタンチン・ツィオルコフスキーは1857年ロシアのモスクワ近郊のイジェーフスコイエ村で生まれた。

彼は9歳のとき、近くのビヤトカ川でスケート遊びをしたとき引いた風邪がもとで猩紅熱にかかり、
それが治った時には耳がほとんど聴こえなくなっていた。

"小鳥"というあだ名つくほど活発であった彼が、それ以来学校にも行かず家に閉じこもるようになった。
物思いに沈む日々を送っていた彼を激励し続けたのは優しい母であった。
彼女は『耳は聴こえなくても、本さえ読めば明るい未来が開けるようになる』と言い聞かせ、自ら読み書きを教えた。

その後、極めて貧しい陽のあたらない日々の中で独学で数学や物理学を修め、人類が初めて人工衛星を打ち上げる60年も前に宇宙船を推進するロケット理論や、地球の重力から脱出する方法を考案した。
[PR]
by maco4459 | 2011-06-11 09:19 | 科学