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半泥子の井戸茶碗

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銘『さみだれ』

およそ技巧の作為をほとんど感じさせない風情。
後にこの作品を目にするであろう他者を意識した媚やへつらいが微塵も無い。
清列な潔さを感じる。

居合いの抜刀のようにほんの一息でろくろを挽き、ほんの一息で高台を削ったに違いない。
そこから半泥子の精神性が十分に発露している。
精神性という言葉をコスモロジーと置き換えても良い。

細川護煕さんは作陶を『禅的な行為の所産』と表した。
半泥子もまた若き日に参禅の日を重ねたと言う。
名利を求めずただ自らの魂の充足を求めて作陶したのだろう。

(※写真は『陶磁郎31』より転記させていただきました)
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by maco4459 | 2011-01-16 12:53 | 川喜田半泥子
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