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フロー理論と作陶との相関について

ひとが喜びを感じるということをちゃんと内観的に調べていくと、仕事、遊びにかかわらず何かに没頭している状態であることに気付く。

1960年代に当時シカゴ大学の教授であったチクセントミハイ(M.Csikszentmihalyi)が提唱した「フロー理論」がそれだ。
いかなる報酬も生まない、数多くの活動に没頭するする人びとを調べた結果、その動機付けは内部からこみあげてくる喜びや楽しさであり、それを「内発的報酬」と名付けた。
(ちなみに「内発的報酬」の反対の「外発的報酬」とは金銭、地位、名誉に対する期待や処罰や不名誉に対する恐れを指す)

ミクセントミハイ自身、ロッククライマーであり、それにのめりこんだ経験を持つ。
ロッククライミング自体に何の外発的報酬もなく観客の喝采も期待出来ないのに、命を賭してまで没入する。
それがフローの魅力であることに彼はもしかしたら気付いていたのかもしれないが、それを裏付けるために大勢の人にモニタリングを行い確固たる裏付けをしたのだった。

彼は様々な調査を通じてフロー状態の特徴を次のように見いだした。

 1.行為に集中、没頭している
 2.浮き浮きした高揚感
 3.雑念がほとんど湧かない
 4.時間感覚の喪失
 5.自分自身の感覚を喪失している
 6.その場を支配している感覚。自分が有能である感覚
 7.周囲の環境との調和感、一体感

この状態が極まると深いフローと呼ばれる状態に達することがある。
 
一方それとは別に、あらゆる人の日常生活の中でも、きわめて浅いフロー状態が存在する。
それはボーッとして雑念にまかせている時や、喫煙、意味の無い対話、音楽を聴く、テレビを観る、本を読む、散歩をする、といった何気ない行為の中にある。
チクセントミハイはこれを「マイクロフロー」と名付けた。

「マイクロフロー」は一見、時間の浪費のように見えるが、人間にとってきわめて重要であり、
自発的、創造的、積極的な感情を維持し、敏活さ、くつろぎの源になっている。

私はロクロに向って作陶しているときフローに入っていると実感する時がある。
そんなときは思いもよらず良いものが生まれる確率が高い。
(あくまで自己満足であるが。。。)
 
逆にインテンション(作為、意図)が強すぎてフローに入れなかったときは、お上品すぎて
生命力というか躍動感の溢れたものは生まれにくいようだ。

これは他の芸術分野にも言えるのではないだろうか?
また芸術でなくても創造的な活動全般についても言えるような気がするのである。
by maco4459 | 2009-07-07 16:43 | 随想
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