<< 永遠の憧れの女性 信楽灰釉杯/自作 >>

木村重成の末裔

湯沢市の木村酒造の創始者が木村重成にゆかりがあるらしいという噂は以前から耳にしていた。

当地に仕事で行ったついでに酒蔵見学に訪れた。
本来の目的は噂の真実を探ることだ。
アポ無しなのでダメもと精神。

受付で見学の申し出をすると、あっさりOKがでた。
ほどなく奥から品のいい初老の男性従業員がやってきて、酒蔵を案内し説明してくださった。

頃合いを見計らって『こちらの御当主が木村重成とゆかりがあると聞いているのですが』と尋ねるとその方は意味深な笑いをした。

ややあって近くの棚に置いてある家系図の写しを見せてくれた。
その『木村酒造系譜』によると、
木村重成には一男二女があって、大坂落城の際、嫡男・治良左衛門は城を脱出し、十五歳のとき秋田雄勝郡院内銀山に下り、深山幽谷に身を隠した。
その後、近郊の角間村の五郎作という男の処に身を寄せ、その娘を娶ったという。

その方は系図の末を指し『14代の木村重利、これが私です』と言った。
なんと、この方が工場長であり、木村家の現在の御当主であったのだった。
事情があって経営は現在、他に委ねているのだという。

先代がなぜ酒屋を営むようになったのか不思議に思ったので聞いてみた。
重成の嫡男・治良左衛門の女の兄妹の一人は大阪・高麗橋板倉八右衛門という人物に嫁いだのだが、この高麗橋付近には酒屋が現在もあり、それに何か関係があるのかも知れないとのことだった。

別れ際にお土産にと酒の小瓶を1本頂いた。
この福小町という銘柄は東京の老舗割烹の名店のいくつかでオリジナル銘柄として提供しているとのこと。

お礼を言い帰ろうとする私に御当主はきちんとした姿勢で何度も深々と礼をしてくださった。
こちらが恐縮するくらいだった。

  いろいろ勉強になりました。
  そして、このご縁を大切にしたいと思います。

この御当主とは、またお会いできるような予感がするのである。
e0161650_12442583.jpg

[PR]
by maco4459 | 2009-03-18 00:14 | 歴史 | Comments(0)
<< 永遠の憧れの女性 信楽灰釉杯/自作 >>